2008/10/27(Mon)−JAPA事務局トピックス
日航907便事故 管制官裁判における高裁有罪判決に関する見解
2008年10月
JAPA法務委員会

 日本航空907便事故(2001年1月31日発生)裁判に於いて、業務上過失傷害罪に問われた航空管制官2名に対し、東京高裁は2008年4月11日、東京地裁の原判決に事実誤認があったとして一審を破棄し、訓練生に禁固1年執行猶予3年、訓練監督者の管制官に禁固1年6カ月執行猶予3年の逆転有罪判決を言い渡しました。
 当法務委員会は、情報収集をしながら裁判の行方を見守ってきましたが、航空を取り巻く環境が複雑化してゆく環境の中で、世界的に見てもこの判決が時代の流れに逆行していること、またこの判決の航空業界全体に及ぼす影響を危惧し、ここに法務委員会の見解を掲載します。

 一審の東京地裁判決では、「便名を言い間違えたと言うこと自体を重視することは、相当ではなく、過失があったとは認められないし、相当因果関係があったとも言えない。したがって犯罪の証明がない」とし無罪となりました。一方、東京高裁の控訴審判決では、「被告人の言い間違いと乗客の負傷との間には相当因果関係があり、この間違った管制指示が、刑法上の注意義務に違反することは明らかであるため、無罪の言い渡しをした原判決には、証拠の評価を誤った重大な事実誤認がある」として、一審を破棄し有罪判決が言い渡されました。

 法務委員会は、「今日の航空機の運航は複雑な要素が相互に関連しあった高度なシステムによるものであるので、航空事故の発生に際し、機長らの行為についてそれが「不法」かつ「故意」に行われた行為でないかぎり、犯罪行為として刑事責任を追及することは合理的でなく、ひいては航空事故の再発防止の障害となる」とした見解を持っており、過去の航空事故を精査しても、このような見解が妥当性を持っていると表明してきました。

 今回の高裁判決は、言い間違えた管制指示が刑事処分の主たる根拠となっており、即ちヒューマンエラーは起こりえないといった前提に立脚しているものと考えられます。このような視点で捉えるのであれば、日々の航空機運航は極めて窮屈かつ制限されたものとなり、ひいては空の安全性の低下を引き起こすことになると考えます。
 現代の航空事故は、様々な要因が絡み合ったシステム性事故であるだけに、個人の責任を裁くだけで再発を防止できる分野ではありません。世界で共通の対策を講ずべき問題であることは、事故調査についての世界基準が民間航空条約に定められている事が示しています。公正かつ科学的な事故原因究明と再発防止こそが私たち航空関係者を含めた国民の求めているところと考えます。

 事故調査報告書が嘱託鑑定書として用いられたことは、日本が批准 している国際民間航空条約の第13付属書5.12に抵触した行為であり深刻に受け止めています。不利と思われる陳述が自らを裁く証拠となる矛盾を払拭できない環境は、事実の究明を最優先とした世界の流れに沿っていません。今後ともこの問題に重大な関心を持ち続け、航空の安全確保のために、わが国の法制度の改善に向けて弛まぬ努力を続ける所存です。

以 上

2009年2月
JAPA法務委員会

 白鳳大学法科大学院長の土本武司先生は、JAL907便事故裁判についての論文「航空機事故と航空管制ミス―日航機ニアミス事故控訴審判決」のむすびで、以下のように、述べられています。

 「本研究を進めてみて、改めて、航空機の運航は一連の有機的・総合的な運航システムを通して可能になること、操縦者はその運航システムの一部を構成しているにすぎないこと、しかし航空事故が発生した場合、その原因が他の運航システムの不完全さにある場合も、操縦者が責任を負担させられる傾向があることを痛感する。そもそも、本件のような航空事故について刑事責任追及を第一とするやり方から脱却しなければならない。欧米のように、航空事故調査はもっぱら再発防止の目的で行い、法的責任は民事・行政の分野にゆだねる方向に転換する途を探る時期が来ているといえよう。」(判例時報2024号202頁参照)