2003年9月
操縦士協会のビジョンと基本的指針について
昨年度は、操縦士協会にとって大変辛い年でした。信頼していた元事務局員と保険会社の元社員が、長期に渡り協会から多額の金銭を横領していた事実が発覚し、公益法人として38年に及ぶ活動の歴史の中で初めて、協会元職員らを刑事告訴するという深刻な事態に立ち到りました。こうした事態に対し、操縦士協会は理事会を中心に全力で善後処理にありたましたが、「積年の杜撰な管理がこのような失態を招いた」との会員の皆様や社会からの批判には大変厳しいものがありました。
操縦士協会は航空会社、中小の事業会社、公官庁自衛隊や自家用などのパイロットの集団であります。このような集団が一つにまとまって活動していることに対し、監督官庁・航空業界はもとより世間一般から寄せられる信頼・期待の大きさは計り知れません。
そうした期待に答える為に、操縦士協会は今年度決意を新たにして信頼回復に向けた取り組みを行う必要があります。何よりも協会の力を最大限に発揮するためには、共通の目的に向けて皆が一致協力することが大切です。そこで、理事会は一度原点に立ち返り、「操縦士協会とは一体何をする団体なのか」、つまり協会の活動の目的、ビジョン(長期目標)および基本的指針(中期目標)についてあらためて議論を重ね、2003年9月8日に開催された第204回理事会において、具体的な言葉で再確認致しました。
操縦士協会の信頼回復と今後の一層の発展のために、下に掲げた『操縦士協会のめざすもの』を、会員の皆様全ての「共通の認識」とし、皆で心を一つにして日々の活動を実施して行きたいと存じます。よろしくご理解、ご協力下さいます様お願い申し上げます。
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『操縦士協会のめざすもの』
1. 私達の活動の目的は、定款に定められた通り「航空技術の向上を図り、航空の安全確保につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を行い、もって我が国航空の健全な発展を促進する」ことです。
2. 私達は、定款の目的を踏まえ、将来のあるべき姿として「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」というビジョンを描いています。
3. 私達は、目的・ビジョンを達成するために下記を基本的指針に掲げて活動して行きます。
(1) 航空の安全文化を構築する。(組織と個人が安全を最優先する気風や習慣を 育て、社会全体で安全意識を高めて行くこと)
(2) 地球環境と航空の発展との調和を図る。
(3) 航空に携わるもの同士が心を通わせ共存共栄を図る。
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1. 目的:「航空技術の向上を図り、航空の安全確保につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を行い、もって我が国航空の健全な発展を促進する」
操縦士協会の目的は、定款に定められた通り「航空技術の向上を図り、航空の安全確保につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を行い、もって我が国航空の健全な発展を促進する」ことにあります。
また、操縦士協会は国土交通省から認可された公益法人です。公益法人とは一般に、民法第34条に基づいて設立される社団法人又は財団法人を指し、その設立には@公益に関する事業を行うこと、A営利を目的としないこと、B主務官庁の許可を得ることが必要です。
そして、@の「公益に関する事業を行うこと」とは、積極的に不特定多数の者の利益を実現することを目的として事業を行うことという意味です。
ですから、社団法人つまり公益法人として、日本航空機操縦士協会の使命は航空を通じて「社会の役に立つ」こと、「社会一般の利益を実現することを目的として事業を行う」こと、と言えるでしょう。
2. ビジョン(夢/長期的目標):「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」
今年はライト兄弟の初飛行から100年の節目の年に当たります。飛行機(航空機)は20世紀に人類が作り出した大変革命的な道具です。航空機により、それまでの長い歴史において陸上と水上の交通だけに依存してきた人類は、空の交通手段をも獲得し、交通史上に画期的な変革が生じました。航空輸送が発達した結果、地理的な隔たりを克服して人や物の交流が一層盛んになりました。航空によってもたらされつつある新たな地球的規模の文明社会は、「航空文明社会」と呼ばれていますが、人類が豊かで平和な、成熟した社会を実現するためには、航空の健全な発展が不可欠のものとなっています。
そうした航空文明社会において、私たちは操縦士協会の目的に沿って、どの様なビジョン(夢)を共有すべきでしょうか。理事や会員の皆様に意見を求めたところ、安全で安心して利用できる便利な航空、空を飛ぶ楽しさ・素晴らしさを満喫できる航空、裾野の広いゼネラル・アビエーション、社会から信頼され愛される航空、航空に対して深い理解のある社会、地球環境と調和した航空の発展、最先端技術の効果的な利用、安全で効率的な運航の実施、等々いろいろな思いが示されました。そして、そうした思いを「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」というビジョン(夢/ 長期目標)に集約致しました。
「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」とは大きな目標であり、もちろん操縦士協会だけの力では到底実現できる夢ではありません。しかし、大きな夢を持ち、その実現のために国や関係団体等と協力して活動してゆくことに操縦士協会の力を結集すれば夢の実現に一歩でも二歩でも近づくことが出来るのではないでしょうか。
操縦士協会に集う会員の皆様は、年齢も異なれば、活動環境も異なり、育ってきた環境等も夫々異なります。そして、それだけいろいろな考え方や価値観も存在します。しかし、「空を愛する気持ち」、これは会員全員の共通した思いではないでしょうか。そして、パイロットとしての「エアマンシップ」も会員共通のものだと思います。この共通の土台の上に立ち、将来のあるべき姿として「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」というビジョンを描き、どうしたらビジョンを実現できるのか皆で考え、互いの個性を尊重して、力を合わせて活動して行くことが操縦士協会の目的/使命を全うすることになり、今後の操縦士協会の、一層の発展へと繋がってゆくものと考えます。
3. 基本的指針(中期的目標):
(1) 航空の安全文化を構築する。(組織と個人が安全を最優先する気風や習慣を育て、社会全体で安全意識を高めてゆくこと)
(2) 地球環境と航空の発展との調和を図る。
(3) 航空に携わるもの同士が心を通わせ共存共栄を図る。
(1) 航空の安全文化を構築する。(組織と個人が安全を最優先する気風や習慣を育て、社会全体で安全意識を高めてゆくこと)
「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」ためには、まず何をなすべきでしょうか。最も根幹にあるものは、航空の安全確保であることは論を待ちません。そして、はっきり認識すべきことは、21世紀の航空は20世紀の様に「事故」という犠牲の上に発展するものであってはならないということです。
事故には必ず原因・兆候があります。この原因となるものを兆候のうちにとらえて排除し、事故を回避する「未然防止」による航空の安全確保が、これからは特に大切になります。そして、それを効果的に達成するためには、航空にかかわる全ての人々の間に安全文化が構築されることが大変重要です。すなわち、組織と個人が「安全」を最優先にする気風や習慣を育て、社会全体で安全意識を高めてゆく必要があります。
安全文化という言葉が一般的になったのは、協会顧問の黒田勲先生が「安全文化について考える」(PILOT誌N0.2 2000)という記事に書かれているように、1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の直後に開催された国際原子力安全諮問委員会の会議からで、その会議で大事故を防止するためには「安全文化の高揚」が最も重要であると結論されました。これを受け各国の各産業界も安全文化の構築に取り組み始め、我が国においても、1999年に政府は、内閣官房副長官を議長とし関係各省庁の局長クラスをメンバーとする「事故災害防止安全対策会議」を開催し、安全な社会を実現するための基本的理念として、「安全文化の創造」の重要性を強調した報告書を発表しました。そこには、政府や事業者が取り組むべき具体的な施策が示されており、現在、安全文化の創造は国全体としての取り組みとなっています。
文化は、人々が新しい考え方や行動様式を受け入れることによって変容します。安全文化の捉え方には、いろいろな角度があると思いますが、英国の高名な心理学者のジェームズ・リーズン博士は、その著書「組織事故」の中で、安全文化には4つの重要な構成要素(下位文化/習慣)がある、すなわち、「報告する文化」、「正義の文化」、「柔軟な文化」、「学習する文化」があると述べています。そして、これらの考え方や行動様式を受け入れ、定着させることによって、航空の安全文化を構築することが可能になると思われます。(参考:安全文化の構成要素をご参照下さい)
操縦士協会はパイロットという技能者の集団です。100年の航空の歴史においてパイロットは常に発展の中心的な役割を担ってきました。航空の安全文化の構築とは大変大きな目標ですが、これからの100年に思いを致した時、これこそ私たちが積極的に、真摯に取り組むべき課題であろうと考えます。
(2) 地球環境と航空の発展の調和を図る。
人類共通のかけがいのない財産である地球環境を、如何にして健全な状態で次世代の人類に引き継いでゆくかという問題は、21世紀の重要課題の一つです。現在、地球環境にとって問題となっていることは、地球温暖化現象、オゾン層の破壊、森林伐採、酸性雨、自然破壊、ごみ問題、有害物質の排出、エネルギー問題等があります。また、航空と社会との接点においては、騒音も大変重要な問題です。こうした諸問題に対し、問題点を理解すると共に、操縦士協会としてどの様な取り組みが実施可能なのか検討し、出来ることから実行してゆくことは、「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」ために不可欠の項目です。航空が、地球環境の保全と適切な釣り合いを保ちつつ発展していけるよう努力を重ねることが必要と考えます。
(3) 航空に携わるもの同士が心を通わせ共存共栄を図る。
前述の如く操縦士協会の会員は、育った環境や文化的背景も異なれば、価値観も異なります。しかし、「空を愛する気持ち」と、「エアマンシップ」は会員共通のものだと思います。このような皆で一致できるものを前提に、会員同士互いの個性を尊重し相手を思いやる気持ちを大切にして、同じ目的、共通のビジョンに向かって活動する仲間として心を通い合すことが出来れば、相互の信頼感が深まりより良く皆で力を合わせることが可能となり、一人では出来ない大きなことが実現できるようになるのではないでしょうか。
また、会員の枠を超え広く航空に携わるもの同士で交流し相互の理解を深め、「空の仲間」として共存共栄を図ってゆくことも、今後の活動の重要な柱にする必要があると考えます。
操縦士協会にとって会員相互の親睦も重要な側面です。一方、公益法人の設立許可及び指導監督基準の運用指針には、「公益法人は、積極的に不特定多数の者の利益の実現を目的とするものでなければならず、同窓会、同好会等構成員相互の親睦、連絡、意見交換等を主たる目的とするものは、公益法人として適当でない」と明記されています。しかし、親睦を従たる目的とすることは認められておりますので、この運用指針を認識した上で会員相互の親睦を促進してゆく必要があります。
以上基本的指針の趣旨を紹介してまいりましたが、何といっても操縦士協会の強みは、あらゆる航空業界・部門の集団であり、さまざまな飛行の実情、つまり現場を知っていることです。現場からの発想を大切にした「航空の安全文化を構築する」「地球環境と航空の発展の調和を図る」「航空に携わるもの同士が心を通わせ共存共栄を図る」という基本的指針(中期的目標)を掲げて具体的に活動して行くことで、「安全で誰からも信頼され、愛される航空を実現する」というビジョンを一歩づつ実現に近づけることが出来るでしょう。そして、より効果的に定款に定められた目的を達成することができるものと確信します。
参考:安全文化の構成要素
安全文化には以下の4つの重要な構成要素(下位文化/習慣)があります。
(1) 報告する文化 (reporting culture): 自らのエラーやヒヤリハットを報告する習慣。安全報告制度では、エラー情報を現場から報告してもらうために、信頼関係の醸成が重要です。更に報告したことによるメリットが、回りまわって自分達にフィードバックされることを理解してもらう必要があります。信頼関係は安全文化の構築にとって大変重要な要素です。
(2) 正義の文化 (just culture): 正しいことは勇気を持って主張し、不安全行為を盲目的に許すことをしない正義感を保ち、かつ、他人の主張にも耳を傾ける習慣。個々の人間の能力には限界があり、時にはエラーを犯すという謙虚な認識を持つ必要があります。
(3) 柔軟な文化 (flexible culture): 複眼でものを看て、必要ならば思いきった見なおしも厭わない習慣。飛行中の状況変化への対応等、判断に際しては複数の情報を基にさまざまな角度から検討し、新しい環境、条件を受け入れ、従来の考え方・やり方に捉われないことが大切です。
(4) 学習する文化 (learning culture): 常に学びつづける習慣。学習する文化の構成要素は、観察すること、考えること、創造すること、行動することです。最後の"行動すること"の実行が難しいようです。何歳になっても、またベテランといえども、常に学習し続けることです。
参考文献:「組織事故」 ジェームズ・リーズン著/塩見 弘 監訳/高野研一・佐相邦英 訳/発行 日科技連 出版社
以上
第39期の重点施策について
第204回理事会では同時に、上述の「操縦士協会のビジョンと基本的指針」を踏まえ、今年度第39期においては、現在操縦士協会が置かれた状況や、組織の実情を考慮し、下記の項目を重点施策として日常の活動や業務の遂行に励んで行くことを確認致しました。
今年度の重点施策
(1) 信頼回復に向けた取り組み
・確実な再発防止対策(含む新共済・保険制度の運用)の実施
・協会財産の返還交渉の実施ならびに捜査への協力
・会員等に対する広報活動の充実
(2) 航空の安全文化構築の促進等
・自家用操縦士の技量維持に対する援助
・自発的安全報告制度の活性化
・ヒューマン・ファクターの理解促進
・GA機の運航環境整備への取り組み
・航空事故再発防止を優先させる観点からの事故機乗員の刑事訴追に対する取り組み
(3) 協会組織運営体制の再構築
・協会組織運営の見直し、事務局体制の強化
・理事の役割分担および責任の明確化
・委員会活動、支部活動の活性化、人材の育成 |
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